【ジョジョ】ローリング・ストーンズって『近い未来凄まじい死に方をする人』の死因と運命に干渉するスタンドなの?それとも『ローリング・ストーンズを壊すor壊さない』も運命の中に組み込まれているの?


2名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 00:41

後者かな
というか運命には誰も干渉出来ない
ローリングはあくまで「死ぬ」という運命を予告するスタンドに過ぎない
壊す or 壊さないで死亡する場所や死因等の小さな差異を変える事は出来ても、
「死ぬ」という大きな意味での運命は絶対に変えられない




3名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 01:04

解釈で少しは未来を変えられるトト神の方が近いか?


4名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 01:05

自分も後者の解釈かな
ローリング・ストーンズは、死ぬ運命の者の前にあらわれる。そして、その者はローリング・ストーンズによって安楽死を迎えることもできる。
しかしながら、いずれにしても「死」の運命は変わらない。

ブチャラティがゾンビ化して生きながらえたこととローリング・ストーンズの破壊は不可分なものだと思う。
ローリング・ストーンズを破壊したことでブチャラティの死の(ローリング・ストーンズに示されたようにディアボロに殺される)運命はかわり、生きながらえることが出来たと解釈している。
しかし、死の運命からは逃れることはできなかった。



5名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 01:07

前者、だろうか
スタンドの予言する「凄まじい死」は回避できない絶対の運命
普通は成就の時が近づくにつれて「凄まじい」死因や状況等が決まっていくわけだが
ローリング・ストーンズはそれらの詳細が曖昧なうちに「死」という結果を先取りすることで、その過程で本来味わうはずの苦痛を回避させている、という事だと思う
つまり死因には干渉している




6名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 01:18

※2が答えかな
石がどうなるかという事まで含めて運命の流れの中

「お前このままやとエグい死に方するぞ。出ちゃった結果はもうどうにもならんけど、
過程くらいならなんとか痛くないようしちゃるで」
という、諦めからの慈悲を示す能力

その天国の安らぎを拒絶して暗闇の荒野を行く覚悟を持ったのが、
ジョルノでありブチャラティであり、命張ってるギャングスター達なんだな


8名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 01:34

このお題の後者って
「石を破壊して安楽死を拒否し、より苦痛に満ちた死に至る」という選択まで運命で決定されているのか? という質問なんだよな

これを是とすると自由意志を完全に否定してしまうので、話のテーマ的にちょっとおかしいことになるような気がするんだが



10名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 01:54

※8
でも多分荒木的にはそういうつもりで描いたと思うよ
キリスト教の宿命論(運命論)

五部の人間讃歌はまさにそこだと思う
アバッキオの同僚のエピソードでも出てくるけど
運命を変えることは出来ないけど、それでも正しいと思える選択をしようというところに人間の美しさを見出している





11名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 01:56

ジョジョの世界観では「運命は決まっている」しかし「それを乗り越え新たな運命をつかむことも出来る」
つまり運命に抗う意思と覚悟があればその限りではないと言うこと


12名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 02:00

ローリングストーンは対象の運命を表現してるだけで干渉はしてないのでは?自分の末路を目の当たりにしたとき、ブチャラティは抗う。抗えば抗うほどその死に際は悲惨なことになる、と石は攻撃されるたびにその形を変えることで表現してるのでは。だから死という結果だけを受け入れろと。
ローリングストーンを破壊しようがしまいが死ぬ運命は変わらない、ただその過程が変わるだけ。だから石の破壊云々は運命に組み込まれていない。死に向かう過程自体がそもそも運命に組み込まれていないから。
ジョジョでの運命には過程は組み込まれていないことはバイツァダストやプッチの天国の描写からわかると思う。



14名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 02:14

ジョジョの運命で決まるのは結果だけな感じ。破壊されるとか右に曲がるとか。
つうかローリングストーンは干渉もしないし選択が運命に組み込まれてもいないって。なんなのこの二択、どっちも違うでしょ。




15名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 02:17

死ぬ事がわかっていてそれを受け入れるってのはプッチ神父の考えに近いから作者としては否定的なんじゃないかな。
死が待つ暗闇の荒野でも進むべき道を切り開いて欲しいんじゃないの。
進むのは本人だけでなく意思を継ぐものたちも含むと思う。



16名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 02:26

ローリングストーンは時間的な射程の長いキングクリムゾンだよなって。
結果に至る過程にある失敗とか落とし穴とか苦痛とか、自分にとって不都合なものは回避して、覚悟とは無縁な結果だけを与える能力。
でもその覚悟とともに進む苦難の過程にこそ何か意味がある、というのが五部のテーマ。



17名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 03:27

過程は変えられても結果だけは変わらないってのも変な話だけどね
それこそ過程に意味がないみたいになってしまう
運命は全て決まっているのかもしれないが、それが抗わなくていい理由にはならない、ってことだと思う


19名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 05:41

スレタイ採用ありがとうございます!
前者は※5のつもりで考えていますが、
後者は※8が近いですが「死の宣告」をされたブチャラティがあの時何を考えていたとしても、必ず「石が壊れてしまう」という真実に到達してしまうというつもりで考えています



20名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 06:50

俺は5部の物語を、ディアボロの言う「この世には結果だけが残る」という考えへのアンチテーゼだと感じたので
ブチャラティの死は避けられない運命だとしても、そこへ至る過程は選択できるものであり、ストーンズはその選択を迫るスタンドだと考えてる



22名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 08:05

スコリッピも言っているように一度石に現れた「運命」は変えられない
しかし石を破壊する(さらに掘り進める)ことで石のさらに奥に眠っている
「新たな運命」を目覚めさせることもできる

死の運命にある者の前に現れ
ここで石を掘る手を止めるのか
(花屋さんの娘のようにそれで救われることもある)
さらに石を掘り進めるのか
(死者が増えより過酷な運命になる可能性もある)
それを問いかけているのではないだろうか



23名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 08:54

前者だと思うが。
あの取ってつけたようなエピソードは5部の答え合わせ。
「何から何まで全てが決まっている」はエピタフの運命論であって、エピソードとして追加する意味がない。
「死」は誰もが知ってる不可避の運命だが、逆に言えば「死」以外は何も決まっていない。
だから生きることは暗闇の荒野に道を切り開くことなわけよ。

つーか回転石は死の啓示と安楽死しかしてなくね?
壊す壊さないは運命的に確定してるのか?って、回転石の性質じゃなくてジョジョの運命観そのものを尋ねてるのか?




24名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 09:08

ジョジョの運命って確定した事はどうにもならないけど
それ以外はズレたりするしその範囲内なら抗えるものだと思う

バイツァダストもドラゴンズドリームもメイドインヘブンもそういう話だったと思う



25名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 10:23

運命は決まっちゃってるけどソレを変えようとするのもまた運命の一部だから意味がないわけではない
という解釈


27名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 11:03

近い考えは前者かな。壊す壊さないは組み込まれていないと思うな。
転がる石が示すのは近い死の掲示だけで、石に触れる事で凄惨な死を安楽死にするだけ。
この近い「死」という決まった運命をただ受け入れるか何かを残そうと抗うかってことがテーマなのではないかと。これを自分で選択していくことが重要ってことで。
だからブチャの死が決まった運命だと知ったミスタは必死に抗って壊し、その為少し(死は変わらないけど)先だったナランチャ達の死が早まった。
花屋の娘のように受け入れて父親に臓器を残すのも納得した死だろうし、ブチャ達のように自分の信じる道を進み続けてジョルノ達に意思を残して、これによって納得した最後を迎えたわけだから、なんかこのスタンド自体が眠れる奴隷を目覚めさせる能力な気もする



28名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 11:55

我々は皆「運命の奴隷」(運命そのものは変えられない)
しかし未だ「眠れる奴隷」もいる(まだ誰も知らない運命がある)
だからそれを目覚めさせ解き放てば異なる運命が動くこともある
どちらが正しいかはわからないが
眠らせておくか目覚めさせるかはあなた次第

こんな感じかな
石は死因と運命には干渉しておらず
現状を維持するならこういう運命をたどるという通達で
そこで石を壊そうが壊すまいが結局何らかの運命に従わざるを得ないが
壊す壊さないという行動自体は運命の外にあると思う



31名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 14:09

ブチャを追ってきたはずの石が最初ミスタの席に現れ
ミスタの関心をひいてしまい結果破壊されて5部本編の運命が始まった
(ブチャの席近くに現れればそれで終わっていたのに)
それすらも「運命」だったとするなら
「壊すor壊さない」も運命の中に組み込まれてしまっていることに
なると思う


34名無しのジョジョ好き 2018年07月16日 15:24

※23がなかなか的を射出るように思う
石を壊すかどうかも運命なのか、についてはジョジョの運命観に繋がることだろう、個人的には壊すか否かは運命でなく選択だと思ってるが



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43 COMMENTS

名無しのジョジョ好き

※42
そら、死の姿を見せて、安楽死させるためにどこまでも転がってきてくれる。
睡眠不足で死にそうだな、ボス。

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名無しのジョジョ好き

ディアボロの前に出したらどうなるんだろうw

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名無しのジョジョ好き

広義的な、全体的な意味では、運命は全てを決めているのかもしれない。
過程も結果も全宇宙の事象の流れの中に組み込まれているだけなのかもしれない。
だとしてもそれは、誰も干渉できないし、知ることの出来ないもので、意味は何も持たない。

ローリングストーンズは部分的な運命を見せてくれる。
(表面上の運命、結果)
それを知った上で主人公達は未来に光を求めるため、暗闇の荒野を切り開いていく過酷な道(過程)を選んだ。
そして実際、彼らは部分的とはいえ運命の流れを変えて、進むことができた。

もちろんその彼らの選択も、全体的な意味では運命に組み込まれているのかもしれない。
だとしても、暗闇の荒野を切り開く選択をした彼らの行動には大きな意味がある。

ってことなんだと思ったよ。
運命に選ばれているのか、決められているのか、それとも我々が選択していけるのか。
これは鶏が先か、卵が先かみたいな感じで明確な結論はでないんじゃないかな。
でも意味があるのは、暗闇を切り開き、信じる正義の道を進もうとする覚悟そのもの。
そこ自体に運命に決められているかどうかは関係ないのではないかな?

というわけで、前者とも後者とも言い難い、その間だと俺は思ってる

こういう運命論と覚悟は5、6部に共通するテーマだよね。
7、8部は幸福と等価交換がテーマだと思う。
こういうジョジョの哲学はホントに好き。

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名無しのジョジョ好き

ボス「結果が確定だから結果が全て。過程など不要」
主人公たち「結果が確定だからこそ過程に意味がある。だから抗う」
ストーンズ「確定した結果をお知らせします。どうしますか?(従う/抗う)」
って感じでストーンズは選択を迫るスタンドだと思うから壊す/壊さないの選択結果は運命に組み込まれてない=過程の部分だと思う
石が追ってくること事態が近い死という結果で石の破壊・変形は可変の過程

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名無しのジョジョ好き

※33
?だったら後者じゃないのかという気がする

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名無しのジョジョ好き

※20のコメントが一番このエピソードの本質を突いていると思う。

死ぬ運命そのものには誰も干渉できないけれど、
運命に至る過程は人それぞれ選択できる。

ローリングストーンズはその選択肢のうち、
ごく僅かなの可能性をおせっかいにも押し付けてくるスタンドなのだろう。

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名無しのジョジョ好き

アレは、産まれて来た人間がその人生を生きた末に死ぬ、と言う当たり前に対して、「(何をしてどう生きた結果)どういう死に方をするか」を“その本人(あるいは周り)の意思(納得? 抵抗?)”に応じて、決定する……と言うよりそうなる可能性高いヤツを1つチョイスする? スタンドだと思ってた。

石を壊す……スタンドが触れようとする事に抗う場合、“死”そのものに抗うのと同義な為、反動で、死に方がより悲惨になったり、本来なら死なないハズだった人たちが(予告された本人が死ぬ元凶となる事故なり事件なりに)巻き込まれたりして死んでしまうなんて事も起こりうる……ってだけの話だと。

下りのエスカレーターを全力ダッシュで逆走する場合、普通は登れないし最悪他のお客さん巻き込んで転落事故起こす可能性がある上、仮に上まで登りきっちゃえても機械がイカれる可能性が高いように、
スタンド(死)を受け入れると下まで楽に降りられる(安楽死になる)けど、抗えば抗う程反動が酷い事になる(死に方が悲惨になっていく、巻き込まれて本来なら死なない人まで死んでしまう、など)ってだけの話だったのでは?

ただ、少なくともブチャの場合は運命通りに死んだ場合、ゾンビ状態で生き永らえるなど色々苦しんだり仲間を喪ったりこそしなかっただろうけど、「彼が最も望んだ事」は決して手に入らなかったわけで……貴方なら同じ死ぬなら安楽と納得どっち選びますか? があの話だったのではと思う。

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名無しのジョジョ好き

石を壊したミスタはディアボロとの決戦後ブチャのところに戻って
何を思っただろう…

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名無しのジョジョ好き

エピローグ読んでからボートに乗る者の回を読むと泣ける…

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名無しのジョジョ好き

※23がなかなか的を射出るように思う
石を壊すかどうかも運命なのか、についてはジョジョの運命観に繋がることだろう、個人的には壊すか否かは運命でなく選択だと思ってるが

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名無しのジョジョ好き

正に眠れる奴隷だろ
運命の奴隷ということを受け入れて苦しまずに死ぬのか、それとも運命を覆そうと最期まで抵抗するのか、それを選ばせるスタンドでしかない
というわけで後者で

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名無しのジョジョ好き

あの石の中には最初から「ブチャアバナラの死」(5部本編の物語)まで
内在していたけれどそれは石を限界まで破壊した(彫った)からこそ
目覚めた運命であって途中でやめたり何もせず放置したりすれば
「ブチャの死」だけで終わる運命のままだった
彫るべき形は変えられないがあなたは本当に限界まで彫ったのか?という
問いかけなんだろう

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名無しのジョジョ好き

ブチャを追ってきたはずの石が最初ミスタの席に現れ
ミスタの関心をひいてしまい結果破壊されて5部本編の運命が始まった
(ブチャの席近くに現れればそれで終わっていたのに)
それすらも「運命」だったとするなら
「壊すor壊さない」も運命の中に組み込まれてしまっていることに
なると思う

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名無しのジョジョ好き

前者の立場で、石は運命とリンクしているとする
原動力は不可避の死という結末、形は結末に至る過程の象徴である
言及されているミケランジェロの例に倣えば、その形は運命の究極の形であり、石の破壊はその調和を人の手で乱すことを意味する
死の運命は不可避だが、乱れた調和はより悲惨な死の実現へとつながる

ある意味、運命を本体としたスタンドにダメージフィードバックが発生したようなイメージがある

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名無しのジョジョ好き

石を壊すことでブチャラティはジョルノに会い、ボスを裏切るに至って結果アバッキオとナランチャも死ぬことになる…が、ボスが悪と分かってて従う毎日から開放され彼等の魂は救われる
ザックリ言うとこんな感じかな
ミスタはスタンドの防御力が皆無だから、彼の命懸けの行為がブチャラティをジョルノに引き逢わせた…と考えたいところだけど…どうなのかねぇ

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名無しのジョジョ好き

我々は皆「運命の奴隷」(運命そのものは変えられない)
しかし未だ「眠れる奴隷」もいる(まだ誰も知らない運命がある)
だからそれを目覚めさせ解き放てば異なる運命が動くこともある
どちらが正しいかはわからないが
眠らせておくか目覚めさせるかはあなた次第

こんな感じかな
石は死因と運命には干渉しておらず
現状を維持するならこういう運命をたどるという通達で
そこで石を壊そうが壊すまいが結局何らかの運命に従わざるを得ないが
壊す壊さないという行動自体は運命の外にあると思う

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名無しのジョジョ好き

近い考えは前者かな。壊す壊さないは組み込まれていないと思うな。
転がる石が示すのは近い死の掲示だけで、石に触れる事で凄惨な死を安楽死にするだけ。
この近い「死」という決まった運命をただ受け入れるか何かを残そうと抗うかってことがテーマなのではないかと。これを自分で選択していくことが重要ってことで。
だからブチャの死が決まった運命だと知ったミスタは必死に抗って壊し、その為少し(死は変わらないけど)先だったナランチャ達の死が早まった。
花屋の娘のように受け入れて父親に臓器を残すのも納得した死だろうし、ブチャ達のように自分の信じる道を進み続けてジョルノ達に意思を残して、これによって納得した最後を迎えたわけだから、なんかこのスタンド自体が眠れる奴隷を目覚めさせる能力な気もする

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名無しのジョジョ好き

我々は運命の眠れる奴隷だから目を覚まして運命に抗えってのが5部のテーマじゃなかったっけ

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名無しのジョジョ好き

運命は決まっちゃってるけどソレを変えようとするのもまた運命の一部だから意味がないわけではない
という解釈

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名無しのジョジョ好き

ジョジョの運命って確定した事はどうにもならないけど
それ以外はズレたりするしその範囲内なら抗えるものだと思う

バイツァダストもドラゴンズドリームもメイドインヘブンもそういう話だったと思う

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名無しのジョジョ好き

前者だと思うが。
あの取ってつけたようなエピソードは5部の答え合わせ。
「何から何まで全てが決まっている」はエピタフの運命論であって、エピソードとして追加する意味がない。
「死」は誰もが知ってる不可避の運命だが、逆に言えば「死」以外は何も決まっていない。
だから生きることは暗闇の荒野に道を切り開くことなわけよ。

つーか回転石は死の啓示と安楽死しかしてなくね?
壊す壊さないは運命的に確定してるのか?って、回転石の性質じゃなくてジョジョの運命観そのものを尋ねてるのか?

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名無しのジョジョ好き

スコリッピも言っているように一度石に現れた「運命」は変えられない
しかし石を破壊する(さらに掘り進める)ことで石のさらに奥に眠っている
「新たな運命」を目覚めさせることもできる

死の運命にある者の前に現れ
ここで石を掘る手を止めるのか
(花屋さんの娘のようにそれで救われることもある)
さらに石を掘り進めるのか
(死者が増えより過酷な運命になる可能性もある)
それを問いかけているのではないだろうか

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名無しのジョジョ好き

ブチャラティの死はいずれにしても決まってたから運命の奴隷ってやつなんだろう、でもあそこで死んでたらジョルノに会ってないしボスも倒せなかっただろう
ブチャラティ延命したかわりってわけじゃないけど石の形が変わってアバとナランチャは巻き込まれたって感じかな、まぁボスは倒せたしエピローグとしては完璧ですな

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名無しのジョジョ好き

俺は5部の物語を、ディアボロの言う「この世には結果だけが残る」という考えへのアンチテーゼだと感じたので
ブチャラティの死は避けられない運命だとしても、そこへ至る過程は選択できるものであり、ストーンズはその選択を迫るスタンドだと考えてる

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名無しのジョジョ好き

スレタイ採用ありがとうございます!
前者は※5のつもりで考えていますが、
後者は※8が近いですが「死の宣告」をされたブチャラティがあの時何を考えていたとしても、必ず「石が壊れてしまう」という真実に到達してしまうというつもりで考えています

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名無しのジョジョ好き

一巡後の世界は過程も含めて全ての運命が固定されているから変えることはできないんだよな
でもMIHの能力に運命を固定する力はない
つまり運命が固定されているのはあの世界そのものの力ってことになる

まあ一巡前の世界に同じことが当てはまるかは分からんが

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名無しのジョジョ好き

過程は変えられても結果だけは変わらないってのも変な話だけどね
それこそ過程に意味がないみたいになってしまう
運命は全て決まっているのかもしれないが、それが抗わなくていい理由にはならない、ってことだと思う

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名無しのジョジョ好き

ローリングストーンは時間的な射程の長いキングクリムゾンだよなって。
結果に至る過程にある失敗とか落とし穴とか苦痛とか、自分にとって不都合なものは回避して、覚悟とは無縁な結果だけを与える能力。
でもその覚悟とともに進む苦難の過程にこそ何か意味がある、というのが五部のテーマ。

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名無しのジョジョ好き

死ぬ事がわかっていてそれを受け入れるってのはプッチ神父の考えに近いから作者としては否定的なんじゃないかな。
死が待つ暗闇の荒野でも進むべき道を切り開いて欲しいんじゃないの。
進むのは本人だけでなく意思を継ぐものたちも含むと思う。

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名無しのジョジョ好き

ジョジョの運命で決まるのは結果だけな感じ。破壊されるとか右に曲がるとか。
つうかローリングストーンは干渉もしないし選択が運命に組み込まれてもいないって。なんなのこの二択、どっちも違うでしょ。

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名無しのジョジョ好き

※10 ※11
※8の者だが
後者の立場だと、その正しい選択も抗う意志もあらかじめ運命に織り込み済ってことにならないか?
いや、選択する当人にとっては苦難の道なのは間違いないと思うが
ジョジョにおける運命って、そこまで決定的なものではないと思うんだけど

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名無しのジョジョ好き

ローリングストーンは対象の運命を表現してるだけで干渉はしてないのでは?自分の末路を目の当たりにしたとき、ブチャラティは抗う。抗えば抗うほどその死に際は悲惨なことになる、と石は攻撃されるたびにその形を変えることで表現してるのでは。だから死という結果だけを受け入れろと。
ローリングストーンを破壊しようがしまいが死ぬ運命は変わらない、ただその過程が変わるだけ。だから石の破壊云々は運命に組み込まれていない。死に向かう過程自体がそもそも運命に組み込まれていないから。
ジョジョでの運命には過程は組み込まれていないことはバイツァダストやプッチの天国の描写からわかると思う。

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名無しのジョジョ好き

ジョジョの世界観では「運命は決まっている」しかし「それを乗り越え新たな運命をつかむことも出来る」
つまり運命に抗う意思と覚悟があればその限りではないと言うこと

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名無しのジョジョ好き

※8
でも多分荒木的にはそういうつもりで描いたと思うよ
キリスト教の宿命論(運命論)

五部の人間讃歌はまさにそこだと思う
アバッキオの同僚のエピソードでも出てくるけど
運命を変えることは出来ないけど、それでも正しいと思える選択をしようというところに人間の美しさを見出している

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名無しのジョジョ好き

ローリング・ストーンズに死を予告された本人はその運命を変えられないけど周りの人達は運命変わってる気がする。
死んだ娘の親父さんとかアバッキオとかナランチャとか。

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名無しのジョジョ好き

このお題の後者って
「石を破壊して安楽死を拒否し、より苦痛に満ちた死に至る」という選択まで運命で決定されているのか? という質問なんだよな

これを是とすると自由意志を完全に否定してしまうので、話のテーマ的にちょっとおかしいことになるような気がするんだが

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名無しのジョジョ好き

後者っぽい?
例えば3部冒頭でDIOが安楽死したらスタクルや刺客達の辿る道が変わる
花京院達は旅がなくとも死ぬという運命からは逃れられないとしても、承太郎や虹村家等々の人生には大きな影響が出る
恐らくDIOの前にローリングストーンズが現れたら絶対に破壊される運命を辿ると思う

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名無しのジョジョ好き

※2が答えかな
石がどうなるかという事まで含めて運命の流れの中

「お前このままやとエグい死に方するぞ。出ちゃった結果はもうどうにもならんけど、
過程くらいならなんとか痛くないようしちゃるで」
という、諦めからの慈悲を示す能力

その天国の安らぎを拒絶して暗闇の荒野を行く覚悟を持ったのが、
ジョルノでありブチャラティであり、命張ってるギャングスター達なんだな

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名無しのジョジョ好き

前者、だろうか
スタンドの予言する「凄まじい死」は回避できない絶対の運命
普通は成就の時が近づくにつれて「凄まじい」死因や状況等が決まっていくわけだが
ローリング・ストーンズはそれらの詳細が曖昧なうちに「死」という結果を先取りすることで、その過程で本来味わうはずの苦痛を回避させている、という事だと思う
つまり死因には干渉している

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名無しのジョジョ好き

自分も後者の解釈かな
ローリング・ストーンズは、死ぬ運命の者の前にあらわれる。そして、その者はローリング・ストーンズによって安楽死を迎えることもできる。
しかしながら、いずれにしても「死」の運命は変わらない。

ブチャラティがゾンビ化して生きながらえたこととローリング・ストーンズの破壊は不可分なものだと思う。
ローリング・ストーンズを破壊したことでブチャラティの死の(ローリング・ストーンズに示されたようにディアボロに殺される)運命はかわり、生きながらえることが出来たと解釈している。
しかし、死の運命からは逃れることはできなかった。

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名無しのジョジョ好き

解釈で少しは未来を変えられるトト神の方が近いか?

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名無しのジョジョ好き

後者かな
というか運命には誰も干渉出来ない
ローリングはあくまで「死ぬ」という運命を予告するスタンドに過ぎない
壊す or 壊さないで死亡する場所や死因等の小さな差異を変える事は出来ても、
「死ぬ」という大きな意味での運命は絶対に変えられない

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名無しのジョジョ好き

どっちでも解釈は可能だけど、前者ならリンゴォのマンダム、後者ならポコロコのヘイ・ヤーみたいな能力って理解でいいの?

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