鬼滅の刃玉壺だけ人間時代の描写が無かった理由を考察

2024年春に柱稽古編のアニメ化が待っている状態の鬼滅の刃。

今回は上弦の伍である玉壺(ぎょっこ)だけ人間時代の描写が描かれていないのかについて考察していこうと思います。

これまで上弦の鬼達は黒死牟、童磨等のように人間時代の記憶がある者や猗窩座(あかざ)、半天狗のようにやられる最期で人間だった時の様子が描写された者がいました

しかし、玉壺だけは人間時代の記憶がないし、思い出すような描写もありませんでした。

一体どうしてなのかを、考察していこうと思います。

鬼滅の刃玉壺の人間時代と他の上弦の鬼の人間時代

まず玉壺だけ人間時代の描写が無かった理由について考察する前に、玉壺の人間時代や他の上弦の鬼達の人間時代を簡単に説明します。

玉壺の人間時代

玉壺は人間時代、益魚儀(まなぎ)と言う名前で海岸の近くの漁村で過ごしていました。

親が漁に出かけた時に津波に遭ったのか、水死体で戻ってきましたが、彼は悲しむどころか非常に美しいと褒めていたのです。

更に魚の遺体を回収したり、特に理由なく動物を始末したり、魚同士を縫いつけたり、壺に魚の鱗や骨を入れたりと変人と言えるような行動を起こし、しかも自分がしている事を芸術だと豪語。

漁村の者達は忌み嫌いつつ、頭がおかしくなったと思って距離を取りながら様子を見ていたのです。

しかし、益魚儀は自分の事を馬鹿にしてきた子供達を始末し、壺の中に入れてしまうと言った一線を越える行いをしてしまいました。

そのせいで大人達にズタズタにされてしまい、息絶えそうなところを鬼舞辻無惨に見つけられて鬼になったのです。

そしてその後、人間の事を思い出す事はありませんでした。

因みにそれ以外の鬼達の人間時代はこんな感じです。

上弦の鬼達の人間時代

黒死牟:継国家の跡取りだったが、継国縁壱の才能に嫉妬して無惨の誘いを受けて鬼になった

童磨:新興宗教「万世極楽教」の教祖の子供として生まれ、両親の死後に教祖に就任し、20歳の時に無惨に出会って鬼になった

猗窩座:病気の父親のためにすりを働き、亡くなった後は慶蔵の道場に通い、彼の娘の恋雪(こゆき)と結婚寸前の時に隣の道場の者達の手で2人が殺され、復讐で隣道場の者達を始末し、彷徨っている時に無惨に出会って鬼に変えられた

半天狗:自身を弱者と評して嘘をついたり、罪を犯した事で死罪になりそうなところを無惨と出会って鬼になった

堕姫・妓夫太郎:堕姫は遊女、妓夫太郎は取り立て屋をしていたが、堕姫が侍の目を刺した事で焼かれてしまい、妓夫太郎も狙われるが返り討ちにし、2人で彷徨っていたところを童磨と出会って鬼になった

これらの面々の人間時代の事を考えると、如何に玉壺の人間時代が如何に狂っているかが分かりますね。

鬼滅の刃玉壺だけ人間時代の描写が無かった理由

次は玉壺だけ人間時代の描写が無かった理由について考察します。

理由については以下の通りです。

理由①内容がグロいから

理由の1つ目は内容がグロいからです。

上記でも語ったように玉壺は魚の遺体を集めて、それを縫ったり、人間の子供を始末して壺に入れていたと言う異常者。

他にも色々あり、分かる事と言えば、非常にグロいです。

本編でも刀鍛冶の者達を始末して、その遺体を使って芸術品を造っていました。

上弦の鬼達もこれまで沢山の人を始末していますが、普通に始末しているのでそこまでグロくありません。

本編の事を踏まえても刀鍛冶の者達の遺体を使った芸術品がギリギリで、子供時代のは倫理的にアウトだったのではないでしょうか。

恐らく作者は原稿を送る前に玉壺の人間時代のシーンを描いたと思いますが、編集から止められてなかった事にされたと思いますね。

そう言う理由で人間時代の描写が無いまま、倒されたんじゃないかなと思います。

理由②人間時代が美しい過去ではないから

理由の2つ目は人間時代が玉壺にとって美しい過去ではないからです。

玉壺は最期無一郎の首を切断されてしまいましたが、その時に過去を一瞬思い出した可能性があります。

もしくは実は人間時代の記憶が元々あった可能性もあるのです。

ただ玉壺にとっては人間時代の記憶は美しくは感じなかったのでしょう。

玉壺は鬼になって長い年月が経つにつれてより美しい作品を求めていた事だと思います。

対する人間時代では当時は美しく感じても、成長した後に見たら拙い作品に見えてしまう事もあるでしょう。

そのため、玉壺は人間時代の作品は子供が作ったような美しくない作品に思えて、それを思い出すと吐き気を催しそうだから記憶があったり、思い出した可能性があっても敢えて黒歴史として隠していたかもしれません。

理由③わざわざ漫画で描く事はないから

理由の3つ目はわざわざ漫画で描く事ではないからではないでしょうか。

上記でも書いたように上弦の鬼達の人間時代は少なからず同情できる部分は少なからずあります。

童磨と半天狗は同情できませんが、それでも人間時代はやばい事をアピールするために描かれていました。

しかし、玉壺は本編での行動や言動でもやばい存在であり、人間時代も相当やばい事は読者は分かっていると思います。

そのため、わざわざ描く事はないだろうと作者は踏んで描かなかったのだと思いますね。

理由④怒りでそれどころではないから

理由の4つ目は怒りで人間時代の事を思い出すどころではなかったからです。

玉壺は無一郎に首を切断された後、無一郎に対して滅茶苦茶罵詈雑言を並び立てていました。

玉壺は鬼になってからは人間の子供を食べていた事からも、柱の剣士だったとはいえ年齢的にはまだまだ子供の無一郎に負けたのが余程腹に据えかねたのでしょうね。

そのため、人間時代の事を思い出す余力が無かったのだと思います。

鬼滅の刃玉壺だけ人間時代の描写が無かった理由を考察まとめ

以上が玉壺だけ人間時代の描写が無かった理由についての考察でした。

基本的には人間時代にしていた事が余りにもグロい事から描かれる事がなかったのかもしれません。

そのため、キャラクターブックに詳細を載せる事にしたのだと思いますね。

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