2020年に人気絶頂のうちに連載を終了した「鬼滅の刃」はその後に公開された映画「無限列車編」が「タイタニック」や「千と千尋の神隠し」を超えて日本映画の歴代最高収入を記録するなど、その余波は未だ留まる事を知りません。
2021秋から2022年の現在にかけて「無限列車編」に続く物語である「遊郭編」のアニメが放送されましたが、ここではその後の物語を考察していきたいと思います。
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「遊郭編」に続く物語
鬼の始祖・鬼舞辻無惨の抱える鬼の中でも最強を誇る十二鬼月。
更にその中でも上弦と呼ばれる上位6人の鬼は実に113年に渡って倒される事なく君臨し続けた怪物たち。
だが、その牙城の一つ上弦の陸を「遊郭編」で遂に倒し、鬼の中にも動揺が走る。
刀鍛冶の里編 あらすじ
そんな中、鬼狩りである鬼殺隊の弱体化を図る鬼たちは鬼舞辻無惨の命令によって隊員たちの武器である日輪刀を製造している刀鍛冶の里を襲う。
やって来たのは上弦の肆・半天狗と上弦の伍・玉壺という上弦の鬼二人。
偶々その里に居合わせた炭治郎は霞柱・時透無一郎。恋柱・甘露寺蜜璃らと力を合わせて立ち向かうというのが「遊郭編」に続く物語になるのですが、
今までは「始まりの呼吸」、或いは「日の呼吸」の剣士として伝説的にその存在が紹介される程度だった歴史上最強の鬼殺隊士・継国縁壱の存在がこの章で俄然クローズアップされてきます。
その関係性は面白く、三百年前に実在したその人物との繋がりは
① 子孫の霞柱・時透無一郎
② 刀鍛冶の里に伝わる訓練用絡繰り人形のモデル
③ 記憶の遺伝による炭治郎との繋がり
この三つが「刀鍛冶の里編」では描かれています。
子孫の霞柱・時透無一郎
霞柱・時透無一郎とは
まず時透無一郎は、現在の鬼滅隊9人の柱(この時点では炎柱の煉獄さん、音柱の宇随天元が引退しているので実際は7人の柱なんですが)その中で最年少の14歳。
主人公の炭治郎が15歳として描かれているので、如何に早熟でその剣技が天才的だったか解ろうというもの。
実際、里では炭治郎が得意の頑固で時透を説教しようにも、あっという間に気絶させられてしまいます。
「鬼滅」に出て来る登場人物は皆、落差、或いはギャップと呼べる振り幅を持っています。
主人公の炭治郎は心優しい少年なのに、相手が間違っていると思えば柱だろうと一歩も引かない頑固者だし、猪の毛皮を被った荒くれ者の伊之助は素顔が超絶の美形だし、
人気キャラの我妻善逸は臆病者なのに眠ると途端に強くなる等々。
人の数だけ物語が在る。それを丁寧に描いた物語である「鬼滅」だからこそ、その人物の強さ、弱さ、成り立ちを見事に描いているのですが、
時透無一郎は、壊れています。徹底的な合理主義を口にする非情の男のようで、物を覚えていられない記憶障害のような症状を抱えている。
天才と言われる剣技を誇り人への配慮に欠ける様は傲慢そのもの。
ただ、その実、彼は限り限りの状態。
失くしたものの大きさから自分を守るために、その記憶を思い出せない不安定の霞を漂う。
縁壱との共通点
双子の弟という境遇以外、縁壱との共通点はない。
ただ不安定で確固たる自分を保てない時の時透は、何処か縁壱と似ている。剣に込める憎しみもなく、鬼に対する怒りもない。
ただ能力があり、必要とされるから剣を振るい鬼を倒す。いつか自分自身を取り戻すまで。
自分の存在理由を知る日まで。
人との繋がりを重視するこの物語で、人への配慮に欠ける欠陥品のような時透が変化していく様は「刀鍛冶の里編」見所の一つかもしれません。
刀鍛冶の里に伝わる訓練用絡繰り人形のモデル
二つ目は訓練用に作られた絡繰り人形「縁壱零式」です。
絡繰り人形「縁壱零式」
これは縁壱の強さを再現する為に作られた三百年前のものなのですが、非常に精巧に作られていて、今の刀鍛冶の者達では再現できない見事な逸品。
腕を六本にしなければ縁壱の動きを再現できないという辺りに、どれだけ強かったかの名残があります。
「縁壱零式」のモデル
この縁壱の姿形。両の耳に付けられた耳飾り。
それらが伏線となって炭治郎が夢の中で観た剣士と重なっていきます。そう、主人公である竈門炭治郎と縁壱との接点は記憶の遺伝。
受け継がれていくのは姿形ばかりではない。生き物は記憶も遺伝する。
そうして過去と現在は繋がり、現在を通して過去と未来も繋がる。
想いは託され、教えずとも道を究めて行けば、おのずと到達する場所は同じ。
あまりにも伝説的な強さを誇り、最初から透き通る世界を視る事が出来、呼吸も使えた縁壱は千年生きる鬼舞辻無惨が唯一恐れた天敵。
但し彼は自分が何のために生まれてきたのか、人より強く成り立っていたのか、その全てを無惨に会った瞬間に悟り使命を果たそうと戦うのだが、取り逃がしてしまう。
不死を誇り生き延びる事に絶対的な価値観を持つ鬼舞辻無惨は、縁壱の寿命が尽きるまでもう二度と姿を現さない。
沈殿する悔恨を包むように、この世界が美しいと思う。
ただただ生まれ落ちただけで幸福だと思う。
それでも、そういう人の幸福を平気で奪い取る輩が居る。その権化こそが鬼の始祖・鬼舞辻無惨。
自分が倒さなければ他の者では倒せないというのに、生かしておけば多くの人がまた奪われてしまうというのに、自分はしくじってしまった。
記憶の遺伝による炭治郎との繋がり
縁壱と炭治郎の繋がり
そう嘆く縁壱をほんの少しでも救ったのが、炭治郎の祖先だった。
双子は忌仔と命を軽んじられ、痣の存在がそれを大きくし、優しい母が縁に恵まれるようにと縁壱と名付けた剣士は、子供の無垢なる笑顔によってかき混ぜられていた感情が決壊し、珍しく泣き崩れてしまう。
感情表現が下手な男が唯一涙を流せた瞬間だったのかもしれない。
心からこの世界を守りたいと思い、同時に他の者にこの使命を託すしかない絶望に苛まれ、息する事さえ苦しくなる。死ぬ事は出来ない。
自分が一分一秒でも長く存在する事が、不死身の鬼舞辻無惨がこの世界に戻って来ない理由になる。
だがそれも、いつか終わる。それでもいつか戻って来る。
恐らく、竈門家の子孫に使命や日の呼吸を託したのではない。
綺麗だから観たいと言われ披露しただけ。
耳飾りは、母が自分を思いそれを与えてくれたように、ただ、幸福でいて欲しいという願いや祈りを形にしただけ。
日の呼吸
それでも三百年の時を経て、竈門炭治郎に記憶は遺伝された。
縁壱を救ってくれた、かつての妻のような明るさを持つ竈門家の家族に繋がり、その縁が今、受け継がれようとしている。
例え血は繋がっていなくとも、思いが人を繋げる。
この物語の重要なテーマである「繋がり」を考えれば考える程、始まりの呼吸である縁壱の悲しみは、とても重要になってくる。
そしてその願いは、多くの鬼殺隊士に重なり、彼らの遺書の内容は、驚く程似ていく。それはある意味で、道を究めればおのずと到達する場所は同じという、縁壱の言葉に重なる。
想いも行き着けば、願う事は同じ。その清らかな願いを託す縁壱の悲しみを受けて、彼の黒い日輪刀は人知れず鈍く輝く。その輝きがどうか、誰かに届きますようにと。
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